最近になって、村上春樹の著作を読み始めた。ハッキリ言ってまったく関心はなかったし、おそらく一生読むことはないと思っていた。別に根拠があって嫌っていたわけではないが、手に取る理由もなかった。性格がひねくれているので、ベストセラーを出すような作家は、基本的に読まないことにしている。第一、この時代にたくさん売れる本なんて、どこかうさん臭い気がしてならない。
けれども、私の親しい友人達が「村上春樹」の名前を口にすることがあんまり多くって、だんだん気にかけずにいられなくなってしまった。「いるかホテル」やら、「羊」と「耳」の話がどうのこうのと、私の参加できない話を傍らで続けられると、なんだか悔しい気持ちになってくる。そしてとうとう私も本屋に駆け込んでしまった。
とりあえず『羊をめぐる冒険』から読み始めた。その日のうちに一冊の半分くらい読んでしまった。とても面白い。つい続けて読んでしまうのは、その文章の読みやすさばかりが理由ではないだろう。何かしら特異な雰囲気につい引き込まれてしまう。今の時代に皆が共通して抱いている息苦しさやもどかしさ、漠然とした喪失感、不確かな存在感を、とても上手に表現できている作家なのだと思う。文章の質感・仕組みが、従来の小説家のタイプとはどこかに違っていて、むしろコピーライターの仕事に通じるものを感じる。ストーリー展開のための文章は非常にあっさりていて、実際どうでもいいもので、その前や後にかかる文脈の方が作品のエッセンスになっている。その何気なく書かれた情景描写の中で、私たちはつい微笑んでしまったり、立ち止まったりするのである。所謂<文学体験>というものに重心はなく、ある種の「雰囲気」や「気分」を、読者が「読む」という行為によって「共有」できることにその面白さがあるようだ。
どうでもいいことだが、本の中で「羊」と「ドーナツ」の記述があって、ちょっと面喰らった。私はずっと以前から、「羊とドーナツ」をモチーフにした作品の構想をあたためていたからだ。どういうわけだか、私にとっては「羊」と「ドーナツ」がとても相性がいいものだと考えてしまうのだが、いかがなものだろうか。連続パターンの図柄にして包装紙にしたいと思っている。