先々週の土曜日に、やっと「風立ちぬ」観てきました。今回の作品は劇場で観たいと思っていたので。で、ひと言で感想を言うならば、「美しい作品」だと思った。いろいろとひっかかるところや、「?」な場面も多々あったけれど、私はとても好きな作品。できればもう一度劇場で観てみたい。
「風立ちぬ」は、激しく拒否反応示す人もいれば、すごく良かった!と絶賛する人もいて、評価の分けれ方が極端。確かに非常にシビアなテーマを扱っているし、見る側の立場で受け止め方は大きく違ってくると思うけれど、私は率直な印象として「戦争の道具をつくった人間を美化している」という風には、まったく感じなかったかなぁ。
それよりも私が印象に残ったのは、
大正末期〜昭和はじめの街並や人の暮らし、田園風景の描き方が本当に美しくって、もうそれだけで涙が出そうなほどに感動でした。冒頭の夢のシーンは圧巻。そして、汽車の煙がゆっくりと広がって空に解けて行く感じとか、そんな細部の美しさが際立っていたと思う。禁煙団体のクレームのおかげで喫煙シーンがすごく多いことが話題になったけど、私はこの作品の中で「煙」がとても大事なモチーフになっているのだと感じました。登場人物たちがひっきりなしに吸い続けるけタバコの煙、汽車が吐き出す煙、飛行機から立ち上る煙、工場から立ち上る煙、震災の火事で湧き上がった巨大な恐ろしい煙。そのそれぞれが執拗に、細やかな表現で描かれてることに注目しました。こんなにも丁寧な表現で「煙」を描いているアニメーション作品を、私は他に知りません。そして「煙」は、同じく表情豊かに描かれた「空の雲」と対比されるモチーフであるようにも感じました。
周知の通り、「風立ちぬ」は、堀越二郎のエピソードと堀辰雄の小説「風立ちぬ」「菜穂子」のミックスがベースですが、それともうひとつトーマス・マン「魔の山」が大事なエッセンスになっていました。本当は、あの軽井沢という「異界」での場面にもう少し時間をかけて登場人物も増やして、「生と死」を見つめた会話などのエピソードが折り込まれていたら、後半のストーリーがもっと引き締まって、作品の印象がまた変わるようにも思ってしまいました。
そして、二郎と菜穂子が軽井沢で再会してから愛を深める過程も、もうちょっと丁寧に描かれていたら、ふたりの心情にもっと共感できたかと思うのですが...。まぁ、それやっていたら、映画は倍の時間になってしまうのかもしれませんね。。。。
今回の「風立ちぬ」は、これまでの物語世界と決別するような作品かと思っていたら、徹頭徹尾、ファンタジーの世界であったことに、私自身はちょっとびっくり...でした。もちろんこれまでの作品とは違う性質のものだけど。神話の英雄譚の典型通り、「旅立ち→通過儀礼(異界を彷徨ったりしながら苦難を乗り越えご褒美を得る)→帰還」という構造になっているので、これもひとつのファンタジーだと私は受け止めてます。ハリウッド的な単純明快な世界とは対極な、複雑で苦い味わいのファンタジー。かつての神話体験を見いだすことが難しくなった今日の時代において、それでも現実を編み変えていくために必要とされるファンタジーのあり方を、宮崎駿監督は最後の力を振り絞って提示したのだと感じました。
この作品を観たあとなら、宮崎駿監督の「長編映画からの引退」の報にはまったく驚かなかったし、そうなんだろうなぁ・・・と思ってしまいました。とても残念なことではあるけれど。ただ、私はどちらかと言えば「ナウシカ」以前の、ハチャメチャで楽しい動きを見せてくれる「アニメーター宮崎駿」の世界が好きだったかな。。